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担降りはどうしてこんなにも悩み壮大なものなのか

ジャニオタブログを読むのがお好きな方、ジャニオタ歴の長い方なら読んだことがあるであろう担降り記事。

私は一度エイトの担降りを経験していますが、経験する前はどうしてそんなに大事になるんだろうと思ってました。
ジャニオタになる前の私は2−3年おきくらいに色々なものを好きになってはしぼむようにファンをやめていたのです。だからか、ファンをやめるのはそんなにも大きなことなのかと。

そんな風に思っていた私が色々迷いながら担降りするまでのお話です。

冷め期かも?と初めて思ったのはあるツアーに行って2ヶ月も経たない頃。
単純にエイトを見てもあまり気持ちが盛り上がらないというもので、「これがいわゆる冷め期か…」とのんきなことを思っていました。

担降りしてから気づいたのですが、この時は「この人たちのファンをやめることはないだろう。全員好きなんだから」という自己暗示に近いものがありました。原因はよくわかりません。
降りてから、メンバーごとの好きにかなり差があったことに気づいた、と言うか認められるようになりました。別にそのことに問題はないんですけど、ファンならみんな好きだろうという考え方に縛られていたのかなと。

その後たまたまエイトを生で見る機会に恵まれますが、衝撃的なほどときめいていない。
すごく楽しいけど、それがファン心に繋がっていないと言いますか。

CD買っても、たまたま自分の好みと合わないPVだったりして、全然距離が縮まらない。けどそれを認めたくないという面倒臭さ。
この頃からJUMPのCDも買うようになりますが、「私はeighterだから」という自己暗示が結構堅い。そしてそのことに自分が気づいてない。
「担降り」で検索して色々なブログやTwitterを見ていた気がします。迷いはあったのかも。

この自己暗示は、冷め期かも?から4ヶ月以上経ってようやくほぼほぼ解けます。
「私はeighterである」と思うことに違和感を感じ始めたんです。私はJUMP担である。
一瞬JUMPとエイトは掛け持ちかな、と思ったんですが、それも違う。もう担当とは呼べない。

担降りしてからも見ている番組がありましたが、ある日やめてすっきりしました。この時が完全に担降りした時だと思います。自己暗示はようやく全部解けました。

ちなみに担降りしてからと言って嫌いになってしまうなんてことはなく、番組として面白いと思えば録画して見たりします。
降りてからの方が冷静で、「この人思ってたよりかっこいいじゃん!」なんて考えたりしてます(笑)

JUMP担になってからは縛られず、楽しいオタ活を心がけています。
好きなら好きなだけ。でも義務感は持たないよう。